隔週更新をめざして、古屋自身がゆるゆるとつづる、身辺雑記です。

よわねこ観劇記/ピアフ

有難いお誘いを受け、大竹しのぶさん主演の「ピアフ」観劇の機会を得ました。ところは日比谷、シアタークリエ。エディット・ピアフは、フランスが生み、フランスが最も愛したシャンソンの女王。売春に殺人容疑、交通事故、麻薬中毒に男性遍歴。その人生は激烈でした。「私はまもなく死ぬでしょう。」の言葉ではじまる自伝(『わが愛の讃歌』エディット・ピアフ自伝:中井多津夫訳/晶文社)を読んだのは、1995年の夏でした。12年後の2007年・秋。映画『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』が公開されました。主演のマリオン・コティヤールは、同作で第80回アカデミー賞の主演女優賞を獲得。壮絶なピアフの人生を演じきった彼女の圧巻の演技が、今も忘れられません。時を経て2018年・秋。目の前で観た、大竹さんのピアフは、生きていました。身勝手で寂しがり屋で、チャーミングで下品な女。そしてひとたび歌えば、その声は、聴く者の心を鷲掴みにし、背中に羽根をくれるのです。女優というのは、かくも深く恐ろしく、そして偉大な職業なのかと思い知りながら、ピアフの愛に魅せられた3時間でした。次回は11月21日頃に😊)

よわねこ愚読録/古事記物語ー2

「続き」ものとしたにもかかわらず、2日遅れてしまいました。ごめんなさい。心の不安が『古事記物語』を読んで、すっかり晴れたその理由は・・・というくだりでした。前回ご紹介したとおり、『古事記物語』は、鈴木三重吉が『古事記』を児童向けに編集したものです。『女神の死』に始まり、『うし飼、うま飼』まで19の章に分かれています。最も驚かされたのは、神々の行動でした。意地悪はもとより、裏切りや、嫉み妬みはあたりまえ、兄弟すらも騙し合い、やたらに殺し合うのです。「八咫烏」の章では、「殺」という字が9箇所も出てきました。自分勝手な神話イメージを膨らませていた僕は、あまりの殺戮ぶりに驚愕しつつ、途中からなんだか可笑しくなってしまった次第。スケールの大きな世界で展開される予想外の物語に、なんだか励まされた気がしたのでした。神様ですらこうなのだから、小さな自分は迷って転んであたりまえ、とでもいうような。「愚読録」故、解釈不足はどうかお許しを(とはいえ、児童向けを読んだのですが・・・)。ぜひ1度、お読みになってみませんか。思わぬ発見(励まし)があるかも、です。次回は11月07日頃に😊)

よわねこ愚読録/古事記物語ー1

先日、千 玄室氏(裏千家 第15代家元)の講演を拝聴しました。日本文化に触れたお話のなかで、「ぜひ、古事記をお読みになってみてください」と語られ、恥ずかしながら未読だった僕は、今更ながら手に取った次第です。とはいうものの、はて、数ある編集・出版物のなかで、どれを選んだらよいものかと思案していました。そこで見つけたのが、鈴木三重吉氏が子ども向けに編集した『古事記物語』です。三重吉は、児童雑誌『赤い鳥』を創刊した児童文化運動の父と呼ばれる小説家。『赤い鳥』には、芥川龍之介、泉鏡花、北原白秋、谷崎潤一郎など錚々たる作家たちが寄稿したといいます。今春、偶然にも、赤い鳥社・鈴木三重吉旧宅跡(東京都豊島区)を訪ねていた僕は(3月11日のブログの画像はそこで撮影したものです)、なんだか不思議な縁を感じ、『古事記物語』を手にしました。読み進めるうちに、僕の心の不安はすっかり晴れていきました。その理由は次回に・・・。次回は10月24日頃に😊)

何者でもない私。

何者かになりたくて、心はずいぶん苦しんでいたりします。何気ない時間を見過ごして、特別な時間を待ち焦がれていたりします。今日の空を眺めながら、曇りのあとに青がのぞく空を認めながら、この身などおかまいなしに、世界が動いている気がします。そんなときは、いのちが少し遠ざかっているのかもしれません。何者でもない自分を受け入れると、心はずいぶん軽くなる気がします。世界は相変わらず、競って比べて、主張して、奪い合うばかりだけれど。達磨から数えて6代目、禅宗 中興の祖となった六祖 慧能曰く「知恵や悟りに必要な物などない。きれいな鏡も台もいらない。本来無一物だ。塵や埃も何一つない」ーーそんなメモ書きを読み返しながら、今日という日の無事に手を合わせました。次回は10月10日頃に😊)

巡り合えますように。

この世は夢だと、どこかで誰かが言っていました。ならば、彼の地の悲しみも、いつかは醒めると言うのでしょうか。天変地異には容赦なく、因果は無縁でございます。あるのは地球という星の、呼吸のようなあらぶる熱の、放出ばかりでございます。ふわふわとした希望をばらまく、ポジティブ論ではたちゆきませぬ。あるがままを受け入れて、悲しみの肩に寄り添って、涙をそっと分かち合う、そんな時間を重ねつつ、ゆるゆる進むばかりです。彼の地の涙を想像し、我が身の涙に置き換えて、すぐ目の前のその人と、過ごす時間も奇跡と気づき、天を仰いでつつましく、過ごすばかりでございます。願わくは、そんな思いを交わし合う、そんな気持ちを語り合う、その輪といつか合えますように。喜びは噛み締めて、楽しみは持ち寄って、悲しみは分かち合う。そんな輪に巡り合えますように。この世は夢だと、どこかで誰かが言っていました。ならば、この身の不安とて、いつかは安らぐはずでしょう。宇宙という名の広大な、世界に還っていく日には。次回は9月26日頃に😊)

夏のおもひで。

4日遅れのUPとなってしまいました。暦は、もう9月。夜には虫の音が聞こえるようになりました。今年は、どんな夏を過ごされましたか。僕はといえば、ささやかな挑戦を続けていました。深く薄暗い森を、一歩一歩、足元を確かめながら進んでいるような時間でした。空は、晴れたり、曇ったり・・・。驟雨に遭って、木陰でじっと雨宿りしたり。誰の足跡もない道を進むのは心細いけれど、少しずつ気持ちが慣れてくると、案外、自分には合っているかも、なんて思ったりもして。そんな中、8月21日・22日の両日は、東京国際フォーラムで開かれた、『高校生ボランティアアワード2018』を訪ねてきました。昨年もブログで紹介したイベントです。さだまさしさんが大会委員長を務め、ボランティアに取り組む全国の高校生たちが集う、プレゼン発表大会です。身近な清掃活動や地域の防災活動、伝統文化を活用した地域貢献、自然環境の保全、福祉、国際貢献など。昨年にも増して、テーマは多彩でした。取材担当として、各校のブースを訪ね、話を聴きながら、我が身の高校時代をふと、思い出しました。ボランティア活動とは縁がなかったけれど、こんなふうに、熱っぽかったなぁ・・と。高校生たちの、それぞれに抱えているであろう山谷を想像しながら、あの頃の自分に背中を押された思いがしました。明日もどうかお元気で。次回は9月12日頃に😊)

寄り添うように・・・。

先日、門前仲町でトークセッションを開催しました。「いきるのヒント」と題して。編集者の斎藤さんとの二人会です。斎藤さんのおかげで、無事に終えることができ、ご参加いただいた方には感謝するばかりです。当日の準備を進めていくなかで、作家・五木寛之さんの著書(『生きるヒント』/文化出版局)に出会い、深い感銘を受けました(タイトルもイベントと酷似していて驚きでした)。その中で五木さんは、人生に希望はあるのか? という問いに、「ぼくはやっぱり、ないと思います」と答えています。そこに「死」があるからです。けれど、死に想いを巡らせ、有限の命や人生を感じることで、人は謙虚になり、生きることは尊く、すべての人は自分を肯定できる・・と(私的な解釈入りですが)僕は読み取り、すっかり追い風をいただいた思いがしました。カフカの名言を集めた本書も、嬉しい出会いでした。カフカは、20世紀最大の文豪といわれる作家ですが、生前は不遇でした。生き方を含め、遺された言葉のあまりのネガティブさに、思わず吹き出してしまいます。とはいえ、その底流にある心境や思考は、実に共鳴・共感することが多く、わが身のネガティブさを知った次第。心に言い聞かせている「無条件の自己肯定」は、隠すように抱えている「無条件の自己否定」と裏腹なのだと、自覚しました。励ましよりも寄り添いを胸に精進します。次回は8月29日頃に😊)

沈黙と内省と。

連日の猛暑が続いています。皆さん、いかがお過ごしですか。僕はといえば、炎天下での外出は極力遠慮して、すっかり読書の夏となりました。仕事の手を(つい)休めては、イマジネーションの旅に耽っています。と言いつつ、7月末から8月初めにかけて、取材で下関(山口県)を訪ねてきました。憂える空路(飛行機が苦手なんです(;_;))から無事に生還し、取材でたっぷり汗もかいたことだし、今夏のリアル旅は、これにて終了~という思いです。話は変わり・・・静かに読書三昧をしているせいか、この頃、ふと、身の回りの情報の海が気になりだして「あまりに囲まれ過ぎてやしないか」と自問することが増えました。「情報」は目には見えないけれど、可視化できたとすると、渋谷駅前のスクランブル交差点の真ん中に立っているような、そんな騒々しさを覚えてしまうのです。そこで今夏は「沈黙と内省」をテーマに、残る時間を過ごそうと思い至った次第です。起承転結も無視した飛躍的説明で、なんのことやら・・という感じですが、まあ、そんな思いでぼちぼちとやっております。画像は、過日、猿島でグイと喉を潤してくれたビア、その名も「無人島」。グビグビすれば、2本はあっという間です。皆さんも、潤いのある夏を!次回は8月15日頃に😊)

上を向いて歩こう。

西日本豪雨の爪痕が、今も各地に残っています。この世を去った方々は、きっと安らかな世界から、ご遺族や縁のある方々のこれからを見守ってくれるだろうと思います。僕は家族を亡くすたびにそう思いました。復興に取り組まれている方々の姿を報道で見ながら、日常が戻る日を祈るばかりです。19日に広島に入り、呉市に取材に行く予定でした。3年振りに訪ねるのが楽しみでしたが叶いませんでした。自然の脅威の前では、人間はあまりに無力です。災害に直面すると胸をよぎるのは、「無事」という言葉です。何事もなく過ぎる日常が、どれほど「宝物」であるか。朝起きて、空を見る。雲が流れる。鎮守の森の木々の葉を風が揺らして、遠くに保育園の子供たちの声がする。商店街を走る自転車のベルと、おしゃべりに興じるご近所さんたちの笑い声。暑い暑いと言いながら、得意になったり、迷ったり、落ち込んだりしながら仕事をこなす。そんなドラマティックではない日常が、僕の宝物なのだと知らされます。どうかあなたの毎日が「無事」でありますように。「無事」が戻りますように。画像は、先日の書道教室の課題で仕上げた、鍾馗さんの水墨画です。魔除けに飾られるとか。あなたの穏やかな日常を祈って。次回は8月1日頃に😊)

きみといつまでも。

身のまわりをふと眺め、モノ持ちのよさを自賛することがよくあります。現役の30cm定規は、小学生のときに招かれた友人の誕生日会でいただいたもの。辞書は買い足しているものの、小中学生のころに愛用していたものも併用しています。衣類や靴は10年組(当然流行からはほど遠くなりますが)。仕事の社判用スタンプ(赤・黒いずれも)に至っては、初めて事務所を借りたときに揃えて以来23年を経て、いまだに活躍しています(インクの長持ち具合は凄い!)。もちろん、傷んだり機能を果たせなくなったりしてさよならをした品々もありますが、どちらにしても相応の歳月をともにするので、モノを選ぶ時はいつも真剣です。一度手にすると、飽きずに使い続けます。気に入ったモノと出会い、長い時間をいっしょに過ごすと、いわゆる愛着が生まれ、ある種の交流を覚えます。捨てるときは「さよなら。ありがとう」と声をかけ、処分して(お別れをして)います。ずいぶん昔、まだ子供のころ、ネイティブ・アメリカン(当時はインディアンでした)の言葉で、すべてのモノには魂が宿っている、という話を耳にしたことがありました。その言葉が今も頭に残っています。たとえプラスティックのコップでも、製造に関わったすべてのモノ(人や素材)の魂が宿っているはずだと思ってしまいます。モノとの出会い、大切にしたいものですね。次回は7月18日頃に😊)

よわねこ夢日記。

僕は、毎日(毎晩?)夢をみます。いつか、かないますようにって「心でみる夢」の方ではなくて、眠っている間に「枕の上(ときには外れていますが!?)でみる夢」の方です。物語はいつも大抵複雑で、展開に脈絡もなく、登場人物もバラバラ。目が覚めてから覚えていることが多いので、先日、思い立って、夢日記をつけはじめました。こんなノートを手に入れて。時折、既視感(デジャヴュ)を覚えることがあります。高校生のころ、夢の中でみた「生物学の定期試験のシーン」が実際に起こり、問題が同じでずいぶん驚きました。夢日記をつけるうちに、運がよければデジャヴュの検証がかなうかも、と密かな期待をしています。夢をみる人間の脳は、本当に不思議です。僕はそこで、空を飛んだり、巨大な仏教寺院をバスで訪ねたり、美しい芝の邸宅を散歩したり、ジャズセッションに参加したり、テヘランに旅立つスターのお世話をしていたり、畑の周りでドッジボールに興じたりしています。何かの本で読んだのですが、人は誰でも、睡眠中に夢をみるそうです。ただし、その内容を覚えているかどうかは個人差があるとか。僕も、起床後、時間が経過するほどにその記憶は薄れていきます。夢日記は、起きたらすぐつける。思い立ったらすぐ行動する、になんだか似ていると思いませんか。夢ってやはり、案外、現実とつながっているのかも、なんて。次回は7月4日頃に😊)

Reborn!

先日、川口リリア(埼玉県川口市)を訪ね、さださんのコンサートツアーを拝聴しました。クリエイティブ・ディレクター&エディターとして製作を担当したプログラムが、無事にグッズコーナーに並んでいるのを見て、ようやくほっとした気持ちです。デビュー45周年という節目を、さださんは「Reborn~生まれたてのさだまさし~」と名づけました。表紙のロゴはさださんの自筆です。現状に留まらず、予定調和を嫌い、壊し続け、変わり続ける。生まれ変わることはできなくても、生き直すことはできるのではないか、と「今このとき」を生ききろうとする決意と覚悟に接し、多くの気づきを得ました。さださんに感謝するばかりです。誌面では、「ありがとうの歌語」と題した特集コーナーを設け、さださんと読者の心情をつなぐ機能として、自作の散文詩を挿入しました。製作作業の合間に、『職業としての小説家』(村上春樹著)を再読し、これまた今まで気づかなかったメッセージを受け取り、感動した次第です。以前は意識に残らずとも、時期を違えると、驚くほど新鮮に心に響いてくる。言葉って不思議ですね。受け手の環境や心情の変化に応じて、異なる輝きを放つプリズムのような言葉。そんな言葉を紡げるよう、今日も精進しています。次回は6月20日頃に😊)

椛に初夏の花盛り

小牧山(愛知県小牧市)を訪ねました。織田信長が清須から移り住み、山全体を要塞化して、山頂に屋敷を構えたと伝わる地です。信長の死後、小牧・長久手の戦では、家康がここに自軍を構え秀吉と対峙したとか。標高85.9メートルの小山は、今では絶好の散策コース。周囲はランニングコースにも利用され、市民の憩いの場となっています。山頂には、何故か、秀吉が京都聚落第に設けた飛雲閣をモデルにしたという歴史館(小牧城)が建てられています。裏側に回ると、新緑の光のなかで「紅葉(もみじ)」の翼果が盛りを迎えていました。文字通り、翼の形状を利用して風に乗り、飛散するのです。「紅葉」とは、赤や黄に染まる木を称すもの。一般にイメージする「紅葉」の木は楓を指します。楓は、その葉の形から、古くは「かえるで」と呼ばれたそうです(参考:山本健吉『基本季語五〇〇選』)。木偏に花と書いて、こちらも「もみじ」と読みます。この時期に相応しい一字と思い、タイトルに咲かせてみました。次回は6月6日頃に😊)

幽玄なる時空への旅。

ユニットメンバーとして参加する表現運動「ココロミ プロジェクト」のリーダー・齊藤文護さんの名代として、5月4日、金春流宗家継承披露能を拝能しました。ところは、宝生能楽堂(東京・本郷)。主な番組は、「翁」「半能 高砂」「狂言 福の神」「能 佐渡」。観世流、宝生流、金剛流の各宗家の仕舞(舞手が紋付・袴姿で、4人程の地謡だけで舞う)という華も添えられ、休憩を挟み5時間を超える舞台でした。八十世から八十一世へ。能楽最古の歴史を有する金春流の継承の晴れ舞台が、僕にとっての初めての能体験というありがたさ(というよりも恐縮の極み)。歌舞伎座へは何度も足を運んだことがあるものの、狂言すら一度きり、という心許ない身。大緊張で迎えた当日でしたが、入念な予習が功を奏したのか、幽玄な時空旅行を堪能することができました。空間を自在に操る舞手の美技。光を呼び込み、変化を促す衣装。心を連れ出す声。風の如く緩急を付ける鼓、笛、地謡。絵巻物語を観る思いで、時に押し寄せる心地よい眠気もそのままに、しばし、心を漂わせました。観能体験で、あなたも室町時代へ出かけてみませんか。
次回は5月20日頃に😊)

働くこと。生きること。

スナフキン(トーベ・ヤンソン作のムーミン童話の登場人物)を師と仰いでいることを公言して以来、身辺の有り様を、これまで以上にシンプルに、と心がけるようになりました。旅を日常として、旅のなかに生きたいと願うには、僕は、あまりにも多くのモノに囲まれていました。
まずは、何より本棚の整理から!と思い立ち、ごっそり整理すると、中学生の頃に書いた、文集が見つかりました。「しながわ」と題されたその冊子は、品川区の教育委員会が作成した文集のようで、区内の中学校から、各校の生徒が寄稿しています。僕の作文が掲載された第21号は、「働く」がテーマでした。
「働くということは、生きることだと思う」と書いた、当時(中学3年生)の僕の言葉に、はっとさせられました。自己実現ではなく、社会貢献でもなく、「生きること」と表現していた自分に、何か、今の自分へのエールをもらった思いがしたからです。働くとは、生きること。改めて胸に刻んで、明日を迎えようと思います。
あなたにとって「働く」とは、なんですか?次回は5月6日頃に😊)

KYOTOでTALK

葉桜やひとり静かに書をひらく・・・という句碑を見た記憶があります。
某誌のファッションページを担当していた頃、千駄ヶ谷駅からスタジオに向かう道すがらに、その句碑はありました。当時はそれほど深い共感を覚えませんでしたが、近頃は、すっかり同じ思いです。とはいえ、葉桜が過ぎれば、これまた心が躍る新緑の季節。初夏の京都を歩くと、そこかしこに青葉の光が満ち、もみじの多さに気付かされます。今年は、その頃に京都訪問となり、トークイベントの聞き役を務めることになりました。ユニットを組んでいる写真家の齊藤文護さんの個展会場で開催。ゲストは、編集者の斎藤りゅう哉さん。りゅう哉さんは、神楽坂での飲み仲間で、トークイベントの運営も共にしたことのある友人でもあるのですが、話題のベストセラーをいくつも手がけた名編集者でもあり、今回は改めてどんなお話が聞けるか、僕も楽しみです。(次回は4月22日頃に😊)

ありがとうをまた。

先日、ソロイベント『言の葉ガーデンVol.2』を開催しました。当日は図らずも!?(いや、本当になんです(・・;))ホワイトデーでした。・・という訳で、お帰りの際に皆様にお礼の品を差し上げた次第。会場のchaabeeさんが、門前仲町にあるということで、下町らしくお煎餅を。「みなとや」さんの品です。地域のお煎餅店として営業する同店では、こんなメッセージ入りのお煎餅を販売していて、オリジナルのメッセージも入れられるとか。紹介してくれたお手伝いスタッフに感謝でした(^^♪。「ありがとう」良い言葉ですね、やっぱり。自分用の一枚をポリパリしながら、気持ちがほっこりしましたよ。(次回は4月08日頃に😊)

祈り

7年前のことを話そう/その日のことを話そう/すると命の話になって/つまり生きてる奇跡になって/亡くした人が遺した思いに/きっと気付くはずだから/今日という日は、命の日/深く大きな悲しみが/生きるバトンを預けた日/7年前のことを話そう/その日のことを話そう/涙の後は、励まし合って/前への一歩になるはずだから/明日へとつなげるそのために/歯を食いしばって、鼻歌だ!
次回は3月25日頃に😊)

こころの目。こころの道。

思いもよらぬできごとが、想像もしないタイミングで、目の前に立ち昇り、前に進む勇気を与えてくれることがあります。2017年の1月。ユニットを組むメンバーで、西日本~九州ツアーに出かけました。ツアーに出発する前。このツアーが、我が身の役目を気付かせる機会になる・・・そんなメッセージに似た思いが、押し寄せました。各地で、展示会とライヴを行い、ツアーは無事に終わりました。それから数ヵ月後・・・佐賀県有田町・有田焼の窯元のご夫妻が、僕の詩作品に感銘を受けられ、有田焼の陶板に仕立て、ご家族の墓碑に飾られたことを知りました。僕の詩づくりの意味、その向かうべき道を教えられた思いでした。こころの目に導かれ、こころの道を進む覚悟をいただいた体験です。いつの日か、あなたのこころにも届くことを祈って。言葉を紡ぎ続けます。次回は3月11日頃に😊)

表現者という生き方。

ポール・ゴーギャン。19世紀の美の巨星。その名と作品は何度も目にしながら、タヒチ時代の「苦悩の」エピソードまでは知りませんでした。映画には、当然ながら、ベースが実話であれ、細部に至るまでつくり手の解釈と脚色が施されています。しかし、それ故、目に見えない心情に迫ることもできるのだと思うのです。タヒチでのゴーギャンが、自然にあふれた楽園で創造の喜びに満ちた優雅な日々を過ごしていたわけではなかった、と知りました。当時、すでにフランスの植民地として文明化が進むタヒチで、ゴーギャンは生活に困窮しながら、創造への意欲を失わず、孤独と闘い、新たな愛と出合い、それを失い、苦闘しつつ、後世に傑作と評される作品の数々を生み出していました。何かを創造し、表現し、それを発信する者は、孤独と無理解を引き受けながら、休むことなく、自らの内なる畑を耕さなければならない。そうして生まれた作品こそが、いつか誰かのこころに灯りをともすのだと教えられました。表現者とは、職業ではなく、生き方なのだと。次回は2月25日頃に😊)

美の遺伝子、その面影。

取材で、初めて日立駅に降り立ちました。改札口の右手に広がる太平洋のパノラマに、目を奪われました。真新しくも美的なこの駅舎、聞けば、2011年の4月、直前に発生した東日本大震災を乗り越えて完成したとのこと。東側には、まるで海に張り出すようにご覧のカフェが設けられています。デザインを監修したのが、妹島和世さんと知り、重ねて感動。西沢立衛氏とSANAAを共同運営し、建築会のノーベル賞と呼ばれる「プリツカー賞」を受賞した、日本を代表する建築家です。かつて、SANAA設計の金沢21世紀美術館を訪ね、ガラス張りの円形建築に魅せられた旅の記憶が蘇りました。千住博美術館を訪れた際も、内外が溶け合うような感覚を覚えた後、西沢氏の設計と知り、驚いたものです。建築に宿ったつくり手の美の遺伝子は、同じ波動を放ち、由緒を知らぬ者を、その面影で引き寄せるのでしょうか。次回は2月11日頃に😊)

「大神神社」参拝記

三輪山を 然も隠すか 雲だにも 心あらなも 隠さふべしや・・・と万葉集に詠まれた三輪山を御神体とする「大神(おおみわ)神社」を、先日、参拝しました。日本最古の神社と伝えられています。山そのものが御神体とされ、古来より本殿は設けず、拝殿が使用されてきたといいます。狭井(さい)神社の右手から、三輪山に登拝しました。「三輪山参拝証」と記した襷をいただいて首にかけ、御幣を左右に振ってお祓いをした後、入山します。全行程、約4キロ。山内は飲食はもちろん、撮影も禁じられ、入山の心得が定められています。目に見えぬエネルギーをいただきました(画像は狭井神社の注連縄)。次回は1月28日頃に😊)

「自覚」を胸に。

2017年の仕事納め&2018年の仕事始めは、両国国技館で迎えました。『さだまさしカウントダウンin国技館』からの『年の初めはさだまさし』(NHK)の取材を担当させていただきました。ステージ演出上の理由から空けた一部の座席を除き、ほぼ満席!ご来場のお客さまは、およそ9,000人とのこと。カウントダウンLIVEなるものに縁のなかった僕は、お客さまの熱気に、ただただ圧倒されるばかり。アーティストとともに年を越すカウントダウンは、ファンにとって格別のもの。また一つ、あらたな経験を重ねることができました。仕事を終えて睡眠をたっぷりと取り、迎えた正月恒例の書き初め。今年は「自覚」と書きました。次回は1月14日頃に😊)

感謝と感動。

エディトリアルスタッフとして参加した、さだまさしさんのコンサートツアーは、無事に千秋楽を迎えました。さださんご本人の体調不良や、台風被害などで、延期や中止などの会場もありましたが、多くのお客さまに支えられ、「たくさんのしあわせ」と題したツアーは、文字通り、たくさんのしあわせをお届けし、お客さまと共有したツアーになったと感じました。本年は、ツアーパンフレットの作成に加え、ファンクラブ会報誌の記事などでもお手伝いする機会をいただきました。感謝とともに、仕事を通じて得た感動を、自らの創作活動にも活かしていきたいと思っています。次回は12月17日頃に😊)

座ればわかる

三井寺を訪ねました。天台寺門宗総本山 園城寺。滋賀県大津にある古刹です。観音堂の左手にある坂道を登ると、高台の展望地があり、琵琶湖を一望できます。観音堂客殿で、久方ぶりに座禅体験をしました。姿勢は半跏趺坐(はんかふざ)。右足だけを重ねる座り方です。鼻から息をゆっくりと吸い、口からゆっくりと吐く。心を調え、呼吸に集中しながら、ただ座る。確かにこの場所にいる、この場所に生きている、その事実を噛み締めながら、ただ座る。最中に感じた激しい風音は、後に通り雨だったと知りました。見上げると、紅の向こうに青と翼。次回は12月03日頃に😊)

よわねこの「お印」。

僕は弱虫だから、このまま進んで良いのでしょうか?と、ちょいちょいご意見を伺ってしまいます。「大丈夫」の答えが欲しくて、天に向かって、お印を求めてしまいます。すると、答えが返ってくるのです。たとえば、こんな(画像のような)光となって、あるいは誰かの不意の言葉となって、思いもよらぬ新たな出会いとなって。こじつけや思い込みと笑われるかもしれないけれど、僕には腑に落ちる「形」として、「お印」が目の前に現れるのです。その度に僕は、感謝の気持ちを胸に浮かべ、それから、「僕は弱虫なので、またお願いの折は、どうかお印をお示しください」と天に発するのです。宗教心とは異なるけれど、太陽や空や風や雲、月や山や海や川、そんなこの身を包む自然界に、僕は導かれていると感じています。あなたも天に祈ってみませんか。思わぬお印を受け取れるかも・・・です。次回は11月19日頃に😊)

あさの あつこさんに感謝。

先日、作家のあさの あつこさんにインタビューする機会を得ました。代表作「バッテリー」シリーズで、野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞等を受賞。児童文学から一般書まで幅広く手がける人気作家さんです。インタビューの具体的な内容は、取材の制約上、ご紹介できず残念ですが、「生への肯定」という言葉に話題が及んだ瞬間は、僕が自らの表現活動で掲げているテーマ(無条件の自己肯定感)への共感をいただいたような思いがして、驚きとともに胸に迫りました。あっという間の40分でした。あさのさんのお言葉を通じて、「迷わず進め!」と天から励ましをいただいたような思いでした。画像は、先日の書道教室で仕上げた、課題です(^_^;)。拙作ながら、今後の上達への誓いとして・・・。言葉はオリジナルではありません。字のお手本はなく、気持ちのままに自己流書体で書きました。いつの日か、自分の書体を体得して、詩作品に活かせることを目標に、牛歩の如く、前進しています。(次回は11月05日頃に😊)

よわねこのバイブル、です。

昨年逝去した父のおかげで、出合った一冊です。僕にとって、稲葉(著者)さんの言葉は、知性に満ち、科学的にも宗教観的にも、腑に落ちるものばかりでした。僕は、父を見舞い、彼の病状と治療の様子を見守りながら、「生き方(=死に方=この世との別れ方)」を一層深く考えるようになりました。どのような人生哲学を習得すれば、死への不安から解かれ、穏やかに、恐れずに、生を全うできる(=死を前向きに捉えることができる)のか。僕は、詩を書くという行為を通じて、そうした疑問に対し、自分なりの回答を手にしていましたが、その姿は、まだ朧げなものでした。僕は父を通じて、より身近に死を感じ、前述の疑問に対する回答を追求することで、本書と出合ったのです。そこで得た言葉は、僕の回答に追い風を吹かせ、周囲に漂う霧を払ってくれました。授かった肉体を大切にしながら、あらゆる存在に感謝し、この世を生きる意味を噛み締め、次の世への思いを馳せ、「今」というこの瞬間を精一杯生きたいと思います。 
次回は10月22日頃に😊)

たくさんのしあわせ

中学・高校の思春期。僕の毎日は、さだまさしさんの音楽とともにありました。アルバム、ラジオ番組の視聴はもちろんのこと、フォークギターを手に曲をコピーしては、弾き語っていました。20代の頃、コンサートプログラムのお手伝いの機会を得て、夢のような体験をさせていただきました。時を経て、昨年から、コンサートプログラムのクリエイティブディレクター役を仰せつかり、いただいたご縁に感謝するばかりです。9月6日、ツアータイトルと同名のNEWアルバムが発売されました。担当したロングインタビューで、その思いに触れました。平和を願い、しあわせを祈る、さださんの等身大の楽曲が揃う新譜です。ぜひ、ご視聴くださいませ。
次回は10月8日頃に😊)

京都慕情。

「人は帰るために旅に出る」何処かで、そう読んだことがあります。なるほどと思いながら、同じ旅先を何度も訪ね、縁が生まれ、大好きな場所や人や、つまり記憶が増えていくと、その地への旅に限っては、「変わるための旅」になる気がします。自分のなかの新しいジブン、或いは、眠っていたジブンを見つけ、訪ねる度に、変わっていくのを感じるのです。あの大路、それから路地、あの社、あの庭、あのせせらぎ、あのお店。其処此処に、鮮やかな記憶を上書きしながら、僕を変えてくれる町。そんな特別な旅先を持てたことに、切ないけれど、感謝しています。
次回は9月24日頃に😊)

ノルウェイの森。

よわねこ日記/昨日、仕事つながりで訪ねた「砥峰高原」。不思議な空気を感じた景色でした。惹かれるままに記録(写メ)に残しました。敷地の端に建つ展望台を備えた施設を訪ねてみると、村上春樹氏原作の映画「ノルウェイの森」のロケ地と知り、妙に納得した次第です。土地に根付いた「氣」は、きっと、初めて眺めた瞬間にも、何かを放つものなんだなぁと感じました。明日も皆さんにとって、穏やかな1日でありますように。 

necoya              

(次回の更新は9月10日頃に(^_^;))

高校生ボランティア・アワード!!

8月9日-10日と、さいたまスーパーアリーナ(コミュニティアリーナ)で開催された、全国から集まった高校生たちのボランティア活動の顕彰プロジェクト、『高校生ボランティア・アワード2017』に行って来ました(^^♪。主催者は、先日、内閣府より認可を受け、公益財団法人となった「風に立つライオン基金」。さだまさしさんが創立者の社会支援団体です。取材担当役を担いながら、高校生たちの展示ブースを見学しました。手話や防災、環境保護から町起こしまで、活動の多様さに驚きました。北海道から沖縄まで、日本全国の高校に、利他の精神で活動するボランティアの広がりがあることを知り、日本の未来への希望の芽を見た思いでした。参加高校生全員を招待したアリーナでのチャリティコンサートも、大盛り上がり(^^♪。僕も信じる道を(ゆるゆるです
                        が)進んで行かねばと元気をいただききました。(次回は8月27日頃に😊)

イメージソング 『私を想う時』

一昨年の9月。雨の日の散歩の途中で、小さ
な看板を見つけ、緑道を辿り、そのお店に
出会いました。導かれたような出会いでした。
お店の名は「集う家 カフェ藤香想」。
思わぬ流れで、イメージソングをプレゼント
することになり、昨年2月、お店で出会った
ヒロくんと完成させた曲が「私を想う時」。
緑に包まれた集う家が迎える、あなたへの応
援歌です。こころに届いたら幸せです。
リンク先:  試聴はこちらをクリックください。
詞:古屋利幸、曲・編曲・歌:中村ヒロ
サポートギター:Yohei、写真:5ai
(次回は8月13日頃に😊)

コナフキン宣言!?

僕はスナフキンを人生の師と仰いでいます。

トーベ・ヤンソンが生み出した、あのスナフ

キンです。砂(スナ)には至らぬ粉(コナ)

の身ということで、コナフキンを名乗り、

ソロ活動に臨もうと思った次第です。

こんな帽子も手に入れました。

あなたにとって、人生の師とはどのような

方ですか。その背中を追う道が、明日への

道標かも。。。

(次回は30日頃に(^^♪)

こころに革命を。

フランスで禅を広めた弟子丸泰仙氏は、

「こころに革命を」と説いていたと聞き

ました。常識や世間体を超えて、自分の

こころに革命を起こす。なんだか勇まし

い表現に聞こえるけれど、生きていると

いう能動的な生から、生かされていると

いう受動的な生への意識転換は、

西欧の人に衝撃と救いを与えたに違いな

い、なんて思ったりするのです。

今こそ、こころに革命を、ですね(^^♪。

相棒加入(^^♪

隔週更新を目標にスタートした、

よわねこ通信。記念すべき第一報は、新たな

相棒のご紹介。コナフキン活動の本格指導に

向けて、迎えました。

腕の中にすっぽり収まるミニサイズ。

デビューはいつかな。

軽いけれど、良い音出しますよ~!

皆さまどうぞ、ご贔屓に。。。

necoya