詩作家として、さまざまなアーティストたちとのコラボレーションを次々に実現させていく古屋利幸。

表現活動における思いを聞きました。

インタビュアー:naho/office YOWANECO

Q 古屋さんは詩を書いているわけですが、『詩人』といわず『詩作家』と自身のことを呼ぶのには理由があるのですか?

 

A 詩人と聞くと、小説家や画家と同じように、文芸や芸術作品を創り出す人(芸術家)・・・・というイメージがありませんか。僕は、目には見えない(或いは見えにくい)けれど、確かに存在し、感じ取ることのできるエネルギーを、言葉(詩という表現手法)に変換しているに過ぎません。決して芸術家ではなく、いわば翻訳者。そうした自覚があるので、「代弁詩をつくる者」という思いで「詩作家」と名乗っています。そうは言っても、実際のところ、他人にとっては、そんな言い分は屁理屈で、詩人も詩作家も大した印象の違いはないのかもしれないけれど、僕にとって両者の間には、やはり大きな違いがあります。

 

  

 

 

Q 古屋さんの作品は、さまざまな立場の方の視点で作られていますよね。女性であったり、ご高齢者であったり…。自分自身の思いや感情の表現はされていませんが、それはなぜですか?

 

A 以前は、自己表現としての作品を書いたこともあります。でも、上手くいきませんでした。アレコレ浮かんでも、いざ書き出してみると、長続きしない。表現したいことなんて、自分には大してないことに気づきました。その代わり(といえるのかどうか自信はありませんが)、僕は、「他者の気持ち」や自然のなかに宿る「エネルギーみたいなモノ」を感じる瞬間が多々ありました。そうした経験を作品として発表する内に、「代弁詩のつくり手」という役割を自覚するようになり、現在の作品スタイルに至っています。

 

 

 

 

Q 詩集を出すことよりも、いろんな方とともに表現活動をすることの方に積極的に取り組んでいらっしゃるように見えますが…。

 

A 僕には、シナリオ(計画)がありません。詩集づくりどころか、次にどんなテーマを書くのか、誰の(或いはどんなモノの)代弁をするのか、自分でも見当がつかないんです。次の発表作は、出合い次第というか、ご縁次第というか。いろいろな方とのコラボレーションも、興味の赴くままに出かけた先で、知り合い、意気投合し、その結果として実現できた・・・というのが実感です。

 

 

 

 

Q 自身の表現活動のための営業活動などは特にされてはいないようですが、それでもいろんな場所でいろんな方とのコラボレーションを実現されてますね。その秘訣は?

 

A 僕は特定の信仰をもってはいないのですが、寝ても覚めても「遣わせたまえ。導きたまえ」と胸の内で唱えています。24時間365日、です。何に遣わされるのか、どこに導かれるのかは、わかりません。それを決めるのは僕ではないと思っているので。実現できたコラボレーションは、そうした祈りの結果(遣わされ、或いは導かれた結果)だと受け止めています。

 

 

 

 

Q 活動を続けていくなかで、古屋さんが一番大事にしていることは何ですか?

 

A 日頃気を配っているのは、「高感度の変換器」でありたいということです。別の表現をするならば「汎用性のある器」ですね。なかに入るモノを最大限に引き立て、或いはその存在が放つエネルギーを最大限に増幅させることのできる「すぐれた器」でありたい。そのためには、できるだけ肉体や精神を研ぎ澄まし、且つ、ニュートラルな状態にしておく必要があります。軽やかで光を通し、何色にも染まる「まっさらな白布」のように。僕がいつも意識していることは、自分自身をそうした状態に近づけることです。

 

 

 

 

Q 今後の展望について教えてください。

 

A 計画というものがないので、まったくの風まかせですが、かなうならば、生涯を旅のなかに生き、訪ねた地で出合った人の生気や風の旋律を詩に変換し、いろいろな方といろいろな手法で発信しながら、感じ取ったこの世のいのちの記憶たちを物語に紡いでいきたいです。